西荻窪「はつね」

現時点で一番お気に入りのラーメン屋さん。

昭和の時代を経験していない人でさえも「昭和で時が止まっている」という表現をせずにはいられないような外観を潜り中へ入ると、6席のカウンター席のみ、店主と奥さんの2人でこじんまりと切り盛りをされているお店。(ちなみに店主は剃髪なさっていて、修行僧のような風貌。)お洒落なFMラジオではなくAMラジオが流れている点もノスタルジックを助長する。

メニューにはタンメンとラーメンしかないという潔さ。(トッピングでワンタンをつける事が出来る。)店主は客と簡単に挨拶だけ済まして無駄話どころか世間話さえも全くなさらない。故に、客同士の会話も憚られる空気になっており店内は静寂に包まれている。或は、店内の空気感であったり店主の雰囲気が、客から店主に話しかける気を削いでおり結果的に世間話が生まれない空間になっているだけ、というのが正確な表現かもしれない。どちらにせよ、その静寂が嫌悪感につながるといえば全くそんな事はなく、かえって心地良い。

注文を終えると店主の動きに自然と目がいってしまう、そしてその所作の一つ一つに無駄がなく兎に角美しい。チャーシューを一枚一枚丁寧に切る所作であったり、野菜を炒めながら味見をする時の表情だったりについつい見入っていまう。初めてここを訪れた際、ここは高級寿司屋か、はたまたお寺か、と思う程の緊張感を感じた。この辺から店主の事が本物の修行僧にしか見えなくなってくる。

待つ事数分、味、材料共に気を全く奇を衒っていない非常にシンプルなタンメンなりラーメンが提供される。とにかく美味しい。味についてはこれ以上何と言ったら良いかわからないし言う必要性も感じないが、美味しさ以外に感じた事があった。それは、このタンメンは目の前の店主そのものだ、という事。

話が少しオカルティックな方向に進んでいる気がしないでもないが、タンメンのシンプルさ、店主のシンプルさ、「はつね」というお店のシンプルさが完全に調和して一気に押し寄せてくる感じ、とでも言おうか。過去に料理を食べて一回もそんな考えが浮かんだ事はないのに。このお店の事を他人に伝えたくなってしまうのだが、そういう時には、「タンメンを食べているのだけれど、タンメンを食べているのか、店主を食べているのか、わからなくなってしまう程のタンメンであるよ。」と説明する事が多い。

と同時に。このような仕事の仕方をしたいものだとも思う。その人が提供するものと、その人自身との間に矛盾がないような。その人が提供するものに対して、必要以上の言葉を用いてその人から説明をなされなくても相手に伝わってしまうような。

後々調べてみるとメディア露出とか一切していないらしい。そういう姿勢を知るとまたグッとくるものがある。とにかく規模を大きくして店舗を増やして!店員は大きな声で元気よく!お店のこだわりを広告やら張り紙やらネットやらを駆使してとにかくアピール!みたいなお店が多い中で、本当に希少だ。

彼らは、「この味を少しでも多くの人に知ってほしいんです。」と言うのだろうし、それはそれなんだろうけれど共感は出来ない。小さいお店だけれど、愛想第一で元気にやっみたり、メディアにやたらと露出をすればもっとお客は増えるのかもしれないけれど、店舗展開もせずにコツコツと目の前の客を大事にしながら商売なさっている。「一人でも多くの人に…」という仕事の仕方をしている人はどうも信用出来ないようだ、「ただただ納得のいく味をつくりたい」という仕事の仕方に共感する。

久しく伺っていないので、近々また。