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下着

靴下とパンツに関して検討をした結果、全て同じ種類・同じサイズ・同じ色の物を7着所有するのが良さそうだという結論になった。パンツに関しては既に実践しており、靴下に関しては移行途中という状況だ。

靴下を干している時にずっと煩わしさを感じていた。洗濯をしてから靴下を干すまでの理想の流れとして、靴下を干す際には同じ種類のもの同士でまとめて干したい。そうする事によって、いざ履くという時にわざわざ同じ種類の靴下を探さなくても済むからだ。ただ、同じ種類のもの同士をまとめて干す、という行為が曲者である。洗濯機の中から、同じ種類の靴下を見つけるという行為が必要になってくる。只でさえ暗めの色の靴下ばかりであるのに、デザインの違いも微妙なものがほとんどなので見つけるのが困難とはいかないまでも煩わしい事この上なかった。

その煩わしさが積もりに積もって、靴下の種類を毎日変える意味というのは何なのだろうか、という疑問を抱えるようになった。お洒落は足元から、とは言うけれど、お洒落さを担保するものはデザインの前に清潔感であると思うのでそれは7足持つ事によって毎日履きかえれば良さそうだし、靴下を毎日変える事で気分を変える云々は、靴下以外の部分で気分を変える要素なんていくらでもありそうだ。TPOに合わせて靴下を変える事によって云々、は確かにあるかもだが凡庸性が利きそうなベーシックな色とデザインのものであればTPOに反するところまではいかないのでは、ならばTPOを最低限順守出来そう位で丁度良い、その上で靴下に関して没個性と後ろ指刺されても全く構わない。

同じ種類の靴下だけにしてしまえば、靴下を干す前に同じ種類同士でまとめる作業も簡単だ。なぜなら全部同じ靴下だからだ。どの組み合わせでも良い。仮に日曜が洗濯する日だとして、月曜に履いたものも土曜に履いたものも洗濯してしまえばそんなに変わらないだろう、自分は気にならない。

靴下の事を考えていたら、パンツの事も疑問が。なぜ様々な種類を持つ必要があるのだろうかと。特に、このパンツを履いているから気分が良い、というのはない。いやそれは嘘だ。大体こんな材質のもので出来ているものが好きだというのはある。ただ、その好きな材質で出来ているもので全て揃えたとして何か不都合があるだろうかむしろ、全て同じ種類に揃える事によって、今日はどれにしようかなと思考する手間を省く事が出来る。勝負パンツを満を持して仕込む人間でもないし。

また、靴下とパンツは消耗品である、と割り切るようにした。靴下とパンツを高級品に変える事によって何が変わるかと自問自答した時にほとんど変わらないのでは、という話で落ち着いている。何十万もするようなそれを着用した事がないので本気で探せば惚れ込むようなものが世界のどこかに存在しているのかもしれないが、今の時点では値段に比例して何かが変わるという実感がない。

自分にとって意味を見いだせるものにはお金を多く払ってでも長く使うという事と、自分にとってどうでも良さそうなものには極力お金を払わない事を如何に両立するか、という事を考えたりする機会は多くなったが、今回の件に関しては完全に後者の位置づけである。身に着ける何れも良い物にしたいしそのためには少し高いお金でも払うようにする、という事が理想なのかもしれないがそれは無理なので、区別をしていかないと破綻してしまう。一方で、どうでも良さそうだからといってモノを適当に扱うというのもまた疑問なので長く使えるだけ使う。(ケアしたからといって長く使える期間が伸びるとは限らなそう、という理由で後者に区分けしている部分は多いにある。)

明日は明日のパンツ履く。(種類は今日と同じものだが。)